湯遊白書〜そこに温泉があるから

ここは天国かい?いや、温泉だよ。日本、アジア、世界の温泉を巡ります。

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉、紺屋地獄

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉

2016年の秋、エヴェレストに向かうチベットの標高4200mで泥湯に入った。温泉なんて呼べる代物ではない。泥というよりヘドロ。人生でいちばん気持ち悪かった湯。だから本当に気持ちいい泥湯を体験したかった。その日本一の泥湯が別府にあるという。

明礬温泉までの道程

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉

明礬(みょうばん)温泉・紺屋地獄へは別府駅から立命館アジア太平洋大学へのバスに乗る。母校・立命館の姉妹校だが、別府にあるとは知らなかった。すごい場所にある。さすが立命館。かぶきもの。途中、鉄輪(かんなわ)温泉や地獄めぐりを通過し、どんどん山のほうへ登っていく。

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉、紺屋地獄

一宿の世話になる「別府温泉保養ランド」がある紺屋地獄前で下車すると、すでに硫黄のアロマが漂い、至る所で湯けむりが立ち上っている。

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉、紺屋地獄

振り向くと別府湾。奈良時代の西暦700年初期の豊後風土記にも記されている紺屋地獄は伽藍岳の中腹の標高400メートルの所にある地熱地帯。明礬とは、湯の華(温泉の成分が沈澱したもの)のことで、その名の通り江戸時代から明礬(湯の花)や鉱泥が採取されてきた。

別府温泉保養ランド

別府温泉保養ランド

紺屋地獄では名前がイカついからか、「別府温泉保養ランド」となっている。日本一の泥湯。ジャッキー・チェンと神田うのも浸かりに来た。紺屋地獄のほうが歴史も雰囲気もある。素泊まりで6500円。高齢の男女で運営されている。跡継はいるのだろうか。食事はなく、歩いて7分くらい下ったところにデイリーヤマザキがあり、5分くらい山を登ると『明礬うどん』がある。

明礬うどん/別府

明礬うどんは絶品なので、ぜひ食べてください。

コロイド湯

画像引用:たびらい

泊まる部屋は14時半まで準備中というので、先に温泉を頂く。最初に出迎えてくれるのが「コロイド湯」。ハイカラな名前がついているが、硫黄泉のこと。泉質をチェックし忘れてしまったが、いや、成分表があったかも覚えていないが、とにかくトップバッターの硫黄泉だけで次元が違う。共同湯の別府温泉も気持ちよかったが、同じ県、同じ地域とは思えない別天地。白濁湯が光の関係で青白く。

映画『ムーンライト』のように。まるで別府湾に抱かれていると錯覚。ペロッと飲泉しても特に味はない。他の温泉とは気持ち良さの質が違うというか、色んな旨味が複雑に加わって深い。単純に美味しいだけではない良質なワインのよう。ここだけでも何時間でも浸かっていたい。紺屋地獄は石鹸やシャンプーが禁止。温泉を濁してしまうからだろう。その理由も硫黄泉に浸かれば納得する。

蒸し湯

画像引用:湯けむり四季彩紀行

次に向かったのが「蒸し湯」。要はサウナだが、大のサウナ嫌いの自分でも何分でも入っていられる楽園。小籠包にされているかのように感じるサウナの嫌な人工的な空気ではなく、漂ってくるのは硫黄の果汁100%。なんという心地よさか。「整う」なんてもんじゃない。乱れてナンボ。思考を乱してこそ。

画像引用:湯けむり四季彩紀行

「むし湯」の前にある、ぬる湯が楽園のヘブン感を界王拳する。水風呂は一瞬だけ気持ちいいが、長時間つかるのが難しい。しかし、ぬる湯はいくらでも浸かっていられる。いや、このまま漬物になるまで漬かっていられる。

内湯(泥風呂)

画像引用:たびらい

泥湯の内湯は浮力があるが、肝心の泥がパウダー。ぺろっと舐めると酸味がすごい。酸性泉の代名詞。肌の弱い人は刺激が強いだろう。ボディーソープなど洗剤が禁止なのも肌の角質を守るためかもしれない。4番に送りバントでつなぐ3番バッターのようなもの。早々に露天風呂へ向かう。

露天風呂(泥湯)

画像引用:たびらい

これまで様々な日本一や世界一に触れてきたが、日本一の泥湯に疑いなし。いや、富士山ではなく泥湯のエヴェレスト。世界一と言ってもいいのではないか。究極にして至高。全身を泥が包み込む。ブルゴーニュの特級畑に浸かっているような、全身をテロワールに抱かれている。日本のロマネ・コンティになった気分。まさか、ここまで凄いとは想像を超えていた。8年前のチベットのヘドロが綺麗なセピア色に変わった。身体を洗剤で洗えないから全身に硫黄を纏う。これぞ匂いの温泉タトゥー。温泉を身体に刻んだ。とても電車に乗れない。硫黄泉と酸性泉のダブルパンチ。後日談として、2度洗濯しても匂いがとれなかった。まさしく、ポール・ゴーギャン《かぐわしき大地》なり。

泊まる2階の部屋でゆっくりし、夕暮れを待つ。トイレは共同だがウォシュレットにし、宿泊者のためにWi-Fiも導入している。本来なら山小屋のような位置にあるが、かなりサービス向上に心血を注いでいる。いつまでも残してほしい。

17時前になると、温泉への回廊でひぐらしと蝉の合唱が始まる。かなり涼しい。ここが山と海に恵まれた大地だとわかる。月曜とあって他に観光客はなし。すべての湯を独泉。

明礬うどんで美味しい食事をいただいたあと、別府駅のファミマで買った紙パックのワインとリーデル・ボヤージュで一息。

夜の明礬温泉

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉、紺屋地獄

夜が更けると山口百恵の『夢先案内人』が聴こえてきそうな回廊。硫黄のアロマが漂い、夕方のひぐらしの合唱が夜蝉に変わっている。

日本一の泥湯〜別府、明礬温泉、紺屋地獄

温泉宿は一泊したほうがいい。朝湯、昼湯、夕湯、夜湯。温泉には一日に四季がある。翌朝は6時前に起きて朝湯に浸かった。夜明け前の早朝に入ると一日を生まれ直す産湯に浸かっている感覚。雪山登山をやめた今、果たして別府、明礬温泉、紺屋地獄を超える温泉に出逢えるだろうか。温泉の山頂に登頂した日。4年後に日本を一周するときも訪れたい。此処より永遠に。

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