令和二年1月10日、世界の始まりを告げる夜明けの向こうに伯耆大山が見えた。この瞬間に出逢いたくて登山を続けている。新宿からのバスに揺られ13時間。米子駅から大山寺に向かう始発バスの中に山容はあった。独り鳥取の山にいる。そんな贅沢を噛み締めながら夏山登山道をアッパーカットのように縫っていく。
登山口に入る前、独りの女性に出会った。どうやら一緒に登りたいようだ。しかし冬の単独行に甘えは死。
自分のパートナーは自分しかいない
自分を救うために孤独はある
単独クライマーは恐怖を餌に山に登る
そんな言葉を自分に向かって繰り返し、女性を振り払う。
伯耆大山と対話を始めるとそこは氷の世界。無の境地。本当の山の贅沢に突入しかけている。山頂の小屋まで行くがゴールがわからず同じ場所を彷徨。iPhoneが寒さで死にかけている。頂上から引き返し、行者ルートから大神山神社へ。
凛とした粉雪の世界。虚しく登り、満ちて帰る。これが自分の登山だ。なんとか遭難せず下山して390円の豪円院湯へ。豆腐と蕎麦、ソフトクリームを食べてバス停でほっこりしていると朝の女性が下りてきた。かなり憔悴している。こちらをチラッと見て眼が合った。お互い声はかけなかった。
豪円院湯は伯耆大山の登山口にある。地下1200mより汲み上げられた源泉は日本最大級の酸化還元水。「神の湯」と少々、大袈裟な名前で呼ばれる。コロナ前は390円だったが、今は790円と倍以上のインフレ。
温泉ソムリエ的には弱アルカリ性の単純温泉なので、そこまで湯に特徴はない。むしろ特筆すべきは温泉メシ。
レストラン「神の湯亭」と、これまた大袈裟な名前。豪円院湯の名物が「おぼろ豆腐」300円。食べ放題と大盤振る舞い。
登山と蕎麦は切り離せない夫婦。唐揚げ定食とともに暖をとる。
最後は豆乳ソフトで登頂の儀。冬山を食べて雪山登山は完結。雪山クライマーは次の雪山へ向かえる。