湯遊白書〜そこに温泉があるから

ここは天国かい?いや、温泉だよ。日本、アジア、世界の温泉を巡ります。日本、アジア、世界の温泉を巡ります。2017年11月23日、温泉ソムリエ協会認定「温泉ソムリエ」の資格を取得。本ブログの情報は平成29年8月発行の『温泉ソムリエ テキスト』(著者・遠間和広)に基づいています。

伊香保温泉「丸本館」〜旅の原点が眠る湯宿

伊香保温泉「丸本館」

劔岳や雪の富士のように、登る者を選ぶ山がある。温泉もまた同じで、浴す者を選ぶ湯がある。

伊香保の石段街、その191段目に、「丸本館」という宿がある。小さな木造旅館。まわりにはスイーツショップや洒落たカフェが並び、街は賑わっている。だが、そこだけが昭和のまま時間を止めている。

木造4階建て

4階建て、客室は和室が8部屋。「石段街の小さな宿」という看板の謙虚さが、そのまま宿の空気に宿っていた。玄関を入ると、籐の椅子とガラスのテーブルが並び、壁には鹿の絵が飾られていた。穏やかというより、柔らかい。時計の針も、人の足音も、この空間ではどこか遠慮がちに鳴っていた。

伊香保温泉「丸本館」

受付のベルを鳴らすと年配の女性がやってきた。ご主人は昼寝中。日帰り入浴は500円、現金のみ。PayPayもカードも当然使えない。

伊香保温泉「丸本館」

脱衣所には綿棒とヘアトニックだけ。ドライヤーはなし。言えば貸してくれるのかもしれないが、そもそも「ないこと」を前提にしている潔さがある。

お婆さんが運営され、旦那さんは昼寝をされていた。

浴室は驚くほど簡素。白いタイル張りの壁に、源泉が一筋の湯音をたてながら注がれている。湯は濃い茶褐色。照明は最小限、装飾もない。浴槽の縁に手をついて湯に身体を沈めると、じわりとした熱が静かに広がってくる。自宅の風呂を広くしたような浴場。

伊香保温泉「丸本館」

華やかさも清潔感も最先端の設備もない。ただ、湯の力を、裸一枚で受けとめる覚悟だけが試される。都会の喧騒から逃れて、閑かなひと時を求める者にとっては、うれしい環境。

そもそも伊香保温泉は一般客のための温泉街ではなく、武士が傷を癒すための療養地。癒しや歓楽のためではなく、回復する場所として始まっている。だからこそ、こういう宿があることが、むしろ自然。「丸本館」は、選ばれる宿ではなく、選ぶ宿。

山梨県の鳳凰山の登山口にある「御座石鉱泉」、大菩薩峠の麓にある「ひがし荘」を思い出す。おばあさんの作ってくれるご飯はきっと美味しい。泊まるなら、こういう宿がいい。伊香保温泉の魂を体感できる温泉宿だ。

贅沢ではない。だが、旅はいつも、こういう宿から始まる。

伊香保温泉「丸本館」の温泉分析書

伊香保温泉「丸本館」の温泉分析書

  • 泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物温泉(中性・低張性・温泉)
  • 泉温:42℃
  • 浴槽:石
  • 種類:内湯、露天
  • pH値:6.4
  • 湧出量:4627L/分
  • 湯の色:茶褐色
  • 成分総計:1280mg

浴場に温泉分析書がなかったが、伊香保温泉は、「硫酸塩泉」に分類される。主成分となる硫酸イオンには、殺菌作用や抗炎症効果があり、筋肉痛や関節の炎症をやわらげ、体の芯からじんわりと温めてくれる。加温はするが、加水や循環ろ過装置は使わない。

鉄イオンは8.28mgと豊富で、一般に5mgを超えると湯は茶色く色づき始め、含有量が増えるにつれ、黄緑から黄色、そして伊香保特有の茶褐色へと深みを増していく。「黄金の湯」の名にふさわしい色合い。

さらに、肌にうるおいを与える「メタけい酸」も177mgと高濃度。100mgを超えると「美人の湯」と称される目安となるため、伊香保の湯は美肌効果も十分に期待できる。

加えて、「メタほう酸」も7.7mgと基準値の5mgを上回っており、目に異物が入った際の中和作用など、目や皮膚にやさしい特性を備えている。

伊香保温泉は、殺菌・保温・美肌の三拍子がそろった、体も心もやさしく包み込む茶褐の名湯である。

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