
古来より日本の人々は湯に心身を清める力、傷を癒す治癒の力、はたまた「若返りの湯」や「不老泉」など神秘的な願いも温泉に溶かしてきた。温泉は信仰のひとつと言っていい。世界では青銅器時代にあった温泉だが、日本はどうだろうか。温泉の歴史や文化に想いを馳せたい。
温泉の歴史と発祥
日本初は「道後温泉」

日本で最初に温泉が登場するのは712年にリリースされた『古事記』、5世紀半ばの道後温泉(伊余湯)が語れる。8年後の『日本書紀』では有馬温泉(兵庫)、白浜温泉(和歌山)、道後温泉(愛媛)が登場。733年に完成した『出雲国風土記』では玉造温泉(島根県)を「神の湯」として讃えている。
ちなみに、特定の温泉ではないが、日本の入浴に関して初めて触れた書物は3世紀の中国の書物『魏志倭人伝』。邪馬台国に関する記述で有名だ。「日本人は死者の埋葬を終えたあと、喪服を着たまま水浴する」と書かれている。
日本三古湯
日本で最も古い温泉とされる有馬温泉、白浜温泉、道後温泉は「日本三古湯」と呼ばれる。古代には掘削機(ボーリング)などないから、自然に湧いていたものを発見した。青森県の酸ヶ湯(すかゆ)温泉は、鹿が発見したことから元々は「鹿の湯」と呼ばれていた。
白浜温泉
白浜温泉は『万葉集』で額田女王が歌にも詠んでいる。
道後温泉
道後温泉は『万葉集』で山部赤人が「伊予温泉」を詠んでいる。『伊予国風土記』では聖徳太子が596年に来湯したことになっている。
有馬温泉
有馬温泉は『日本書紀』で舒明天皇が85日間も湯治をおこなった温泉としてデビューする。
「温泉」という言葉の歴史

『古事記』や『日本書紀』では「温泉」とは言わず、「湯」「湯泉」「温湯」と表現した。『万葉集』では、基本的に「温湯」が使われる。
「初めて「温泉」が使われるのは天平5年(733年)2月30日に完成した『出雲国風土記』。「川中に温泉あり」と出てくる。
ふるさと大和最古の温泉

仏教が日本に入ってくると行基などが各地を巡り、草津温泉、伊香保温泉などを次々と発見していく。我が国で最古の歴史を誇る大和の国(奈良県)で初めて温泉が登場するのは平安時代。山奥にある入之波(しおのは)温泉で、現在は形を変えて日本一の湯量を誇っている。
『出雲国風土記』と同じ頃に完成した『豊後国風土記』では日本一の泥湯である別府の紺屋地獄が記される。700年代にはすでに存在しており、やはり我が国の温泉の歴史は深い。
温泉は文学とともに

温泉は平安時代の和歌や日記文学を彩り発展してきた。『万葉集』や『古今和歌集』でも温泉は詠まれ、白浜、道後、有馬など西国だけでなく東国の「湯河原温泉(神奈川県)」も詠まれている。『枕草子』で清少納言は「湯はななくりの湯、ありまの湯、たまつくりの湯」を挙げた。「ななくりの湯」は三重県の「榊原(さかきばら)温泉」のことである(長野県の別所温泉の説もあり)。
関東最古の湯
関東で最も古い湯は『万葉集』に登場する神奈川県の湯河原温泉。
あしがりのとひのかふちにいづるゆの よにもたよらにころがいはなくに
湯河原の温泉が、夜となくこんこんと河原から湧いているが、その温泉が湧き出るような情熱で彼女が私の事を思ってくれているかどうか、はっきり言ってくれないので毎日仕事が手につかないよ。
松尾芭蕉『奥の細道』の俳句
松尾芭蕉が好んだ温泉が石川県の山中温泉。
山中や 菊はたおらぬ 湯の匂
菊の露を飲んで700歳まで生きたとされる菊慈童の伝説があるが、山中温泉では菊の露に頼らなくても、湯の香りをかいでいるだけで長寿が期待できそうだ。そんな意味を込めて詠んだ。
湯治の文化史

「湯治(とうじ)」という言葉が登場するのは平安時代の日記文学からであり、現在の「療養目的の入浴」ではなく、薬草を入れた「薬湯」や海水を入れた「潮湯」を指していた。現在の意味で使われるのは平安時代後期から鎌倉時代。室町時代の温泉は貴族の遊興場となり、戦国時代には武士が傷や病を癒す療養地として発展していった。特に甲斐の温泉を多く開いた武田信玄による「信玄の湯」は有名。江戸時代になると武士が休暇申請を出す「湯治願い」も登場する。
共同浴場の誕生「惣湯」

室町時代には別府や城崎温泉など、全国各地に共同浴場が発展し、銭湯ではなく「惣湯(そうゆ)」と呼ばれた。自治体の「惣村」が運営するからで、意味は「皆の湯」。

江戸時代には日本で初めて伊香保温泉(群馬県)が温泉を観光資源として利用し、温泉街をつくった。湯女(ゆな)の文化も広まり、昼は客の背中を流し夜は三味線を手に遊客をもてなし、中には売春に発展するケースもあった。現在も東京の錦糸町にある楽天地スパ 錦糸町に湯女の文化が残っている。
日本の混浴文化

現在も青森の酸ヶ湯温泉や群馬県の万座温泉などに残っている混浴文化。混浴というと破廉恥なイメージがあるが、江戸時代は身分によって浴槽を分けており、城崎温泉や道後温泉などは殿様や武士や一般市民などで厳しく浴槽を分けていた。また混浴であっても湯具を着用する温泉もあった。
温泉の発見者伝説

歴史上の人物による発見
【弘法大師】が発見したと伝えられる温泉
- 恐山温泉(青森県)
- 修善寺温泉(静岡県)
- 村立温泉(熊本県)
- 法師温泉(群馬県)
- 温海温泉(山形県)
- 出湯温泉(新潟県)
- 川端温泉(群馬県)
- 龍神温泉(和歌山県)など
【行基】が発見したと伝えられる温泉
【日本武尊】が発見したと伝えられる温泉
- 草津温泉(群馬県)
- 宝川温泉(群馬県)
- 飯坂温泉(福島県)
- 別所温泉(長野県)など
【小野小町】が発見したと伝えられる温泉
- 小野川温泉(山形県)
動物による発見
🦌 鹿が発見したとされる温泉
- 酸ヶ湯温泉(青森県)
- 浅虫温泉(青森県)
- 那須温泉(栃木県)
- 嬉々温泉(宮城県)
- 鹿沢温泉(群馬県)
- 鹿塩温泉(長野県)
- 鹿教湯温泉(長野県)
- 山鹿温泉(熊本県) など
🐻 熊が発見したとされる温泉
- 熊の湯温泉(長野県)
- 野沢温泉(長野県)
🦊 狐が発見したとされる温泉
- 白狐温泉(岐阜県)
- 湯田温泉(山口県)など
🐒 猿が発見したとされる温泉
- 平湯温泉(岐阜県)
- 猿倉温泉(青森県)
- 湯瀬温泉(秋田県)
- 湯ノ小屋温泉(群馬県)
- 夏油温泉(岩手県)
- 鹿ノ湯温泉(長野県)
- 越中中田温泉(富山県)
- 俵山温泉(山口県)
- 村立温泉(熊本県)など
🐗 猪が発見したとされる温泉
- 伊東温泉(静岡県)
- 栃木温泉(熊本県)
🐄 牛が発見したとされる温泉
- 大鰐温泉(青森県)など
🦝 狸が発見したとされる温泉
- 温泉津温泉(島根県)
🦢 白鷺が発見したとされる温泉
- 下呂温泉(岐阜県)
- 浜村温泉(鳥取県)
- 道後温泉(愛媛県)
- 武雄温泉(佐賀県)など
🦤 鶴が発見したとされる温泉
- 鶴の湯温泉(秋田県)
- 温海温泉(山形県)
- 上山温泉(山形県)
- 湯の鶴温泉(熊本県)など
🦅 鷹が発見したとされる温泉
- 白布温泉(山形県)
- 鷹ノ巣温泉(新潟県)
- 松之山温泉(新潟県)
- 宝川温泉(群馬県)など
🕊 鳩が発見したとされる温泉
- 鳩ノ湯温泉(群馬県)
- 鳩ヶ湯温泉(福井県)
- 大牧温泉(富山県)など
🦉 鷲が発見したとされる温泉
- 鷲宿温泉(岩手県)など
🐤 コウノトリが発見したとされる温泉
- 城崎温泉(兵庫県)
🐢 亀が発見したとされる温泉
- 湯野浜温泉(山形県)
🐍 蛇が発見したとされる温泉
- 数馬温泉(東京都)
温泉の未来

この世に「永遠」が実存しないように、温泉にも諸行無常は流れる。今ある名湯も少しずつ形を変え、失われていく。平成の世に訪れた山の湯は令和のいま、グランピング施設に変わってしまった。乗鞍高原にあった「丘の上ヒュッテ」は女将さんが急逝したことで宿の歴史を閉じた。

画像引用:たびらい
日本一の温泉のひとつである別府も、宿の管理者は高齢化している。今後、素晴らしい泥湯の文化がどこへ向かうのかはわからない。滅びゆくものがあれば、進化するものがある。

世界一の温泉といってもいい釜山の東莱温泉(トンネ・オンチョン)「虚心庁(ホシムチョン)」は近現代でなければ生まれなかった施設。素晴らしい温泉もどんどん現れる。
AI・テクノロジーがもたらす温泉の進化
美術館やスポーツ観戦、登山、音楽コンサートなどは、メタバースの存在によって自宅に居ながらライブ体験ができるようになる。しかし、温泉は実際に湯に浸からなければ体感が難しい。それでもAIの進化により温泉体験は変わっていく。
■ パーソナライズされた温泉体験
AIによって、体調・気分・肌の状態・ストレスレベルに応じておすすめの泉質や入浴時間、入浴後の過ごし方が提案される未来が来るかもしれません。
→ たとえば、温泉施設に着いたらAIカウンセラーが「今日は硫黄泉で15分、ぬるめに。休憩は畳の部屋で」と導いてくれる。
【AIと五感の融合体験】
チェックイン前から「湯縁」は始まる。専用アプリまたはウェアラブル端末で心拍・睡眠データ・ストレス値・天気・ホルモンバランスを分析し、AIが最適な「温泉処方箋」を提案。
- 泉質(硫黄泉・塩化物泉・炭酸泉など)
- 温度設定(ぬる湯・熱湯)
- 香り・音・光(アロマミスト×ヒーリングサウンド×間接照明)
■ メタバース温泉・AR体験

温泉地に行かずとも、視覚・聴覚・感覚フィードバック(風・蒸気・香り)をAIとVRが再現して“仮想温泉”に入る。
→ 高齢者施設や病院で「遠くの温泉地」に“旅する”体験が可能に。
■ 温泉の保守・管理もAIで効率化
水質管理、清掃、エネルギー制御、混雑回避などをAIが担い、より清潔で快適・安全な運営が可能になる。
この世に永遠はないと言ったが、ただひとつ存在する。それは温泉を求める我々の心である。
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