
秩父の稜線が屏風のように並び、荒川の流れが谷を削る。
埼玉の温泉は派手な観光地の賑わいとは無縁。だが湯に身を委ねれば、肌が、呼吸が、はっきりとその違いを覚えてしまう。
つるつるとした質感の驚き。滝と渓谷を見下ろす浮遊感。雨と湯けむりが混ざり合う都会の幻影。そして山の麓に抱かれる静かな安堵。
数字や分類で測れない“体感値”の高さこそ、埼玉の湯の真価だ。ここでは、訪れるたび写真のように心に焼きつく四つの温泉を紹介しよう。
埼玉県・秩父のおすすめ温泉
- 梵の湯:最初の一撃つるつるで“湯の効き”を更新
- 満願の湯:源泉100%水風呂を軸に交互浴で深く整う
- 彩香の湯:寝湯の浮遊と琥珀の含よう素泉で“町場の幻視”
- 武甲温泉:超アルカリ×外気洗い場×キンキン水で再起動
秩父市・秩父川端温泉(梵の湯)

魅力:関東一の“重曹泉”体験。湯に触れた瞬間から全身を駆け抜ける悪魔的つるつる。
一言で:迷わず浸かれ、浸かればわかる。ここは“魔湯”。
秩父の山河に抱かれた「梵(ぼん)の湯」は、泉質だけで勝負できる稀有な日帰り温泉。フェザータッチで肌が驚くほどなめらかになり、つるつるが持続。浴槽は石の内湯が主役で、露天からは荒川の清流。サウナに浮気せず、まずは内湯で“成分の効き”を全身に覚え込ませたい。
湯舟は石造り。窓の外には荒川の流れ、季節ごとに色を変える木々が並ぶ。おそるおそる湯に触れると、羽毛で撫でられたかのような感触が走る。すぐに肌全体がつるつると変わり始め、思わず笑みがこぼれる。
浴室のガラス越しに差し込む午後の光は柔らかく、湯面を銀色に照らす。その光と一緒に自分まで透明になっていくようで、不思議な心地になる。
ここでは長湯は禁物だ。エスプレッソのように濃く、短く、鋭く味わうのが正解。湯から上がれば、頬に春風のような滑らかさが残る。
泉質メモ
- 泉質:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(=いわゆる“重曹泉”)
- 泉温:16.1℃(加温浴槽で提供)
- pH:8.5(弱アルカリ〜アルカリ側で“皮脂乳化→つるつる”が立ちやすい)
炭酸水素イオン&炭酸イオンが豊富でツルスベ無双/低張性=水分が肌に入りやすく“やさしい効き”。比較対象として名の挙がる“pH10超”の強アルカリ湯よりも、梵の湯は「数値より効き」の驚きで勝負してくる。まさに“つるつるレボリューション”。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 秩父川端温泉 梵の湯 |
| 住所 | 埼玉県秩父市大字小柱字川端309-1 |
| 開業 | 2007年 |
| 利用 | 日帰りのみ |
| 浴槽 | 内湯(石)/露天あり |
| 泉質 | ナトリウム・塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉 |
| 泉温/pH | 16.1℃/pH 8.5 |
| キーワード | 関東一の重曹泉/悪魔的つるつる |
| 入浴Tips | まず内湯→短時間で切り上げる(長湯は湯あたり注意)/洗いは手洗い推奨(摩擦で“つるつる膜”を落としすぎない) |
皆野町・秩父温泉(満願の湯)

武甲山、長瀞の岩畳をイメージした庭園
魅力:渓谷・滝・緑の迫力。源泉100%かけ流しの水風呂という贅沢
一言で:冷→温→冷→温→冷の“交互浴ロード”で、心身をやさしく整える

奥長瀞の渓谷を見下ろす露天風呂。満願滝の白布が風に揺れ、湯けむりと混ざり合う。
四季ごとに彩りを変える自然の劇場に身を置けば、もうそれだけで旅は報われる。

だが満願の真骨頂は、実は水風呂にある。源泉100%かけ流し。冷却も加温もせず、ただ地下からの泉をそのまま満たした水槽。足を沈めた瞬間、刺すような冷たさが来るはずなのに、不思議と長く浸かっていられる。透明な冷気が血流を磨き、体の奥にまで清流を流し込む。
理想は交互浴だ。まず水、次にぬるい露天、また水、次に内湯、そして仕上げにもう一度水。冷と温を重ねるごとに、身体が軽く、心は静かに澄み渡っていく。

湯上がりは館内の食事処「満彩」へ。温泉水でつくったかき氷は、雪解けをそのまま掬い上げたように淡く口に消える。頭が痛くならない、本物の氷の透明さ。800円の価値を軽く超えて、心に沁みる。
満願は、温泉そのもの以上に「自然と生きる」感覚を呼び覚ましてくれる。
理想の入り方
- 水風呂(源泉100%)で下地作り
- ぬるめの露天で景観を味わう
- 水風呂でキュッと締める
- 内湯で泉質の“美人感”を堪能
- 仕上げにもう一度水風呂
泉質メモ
- 泉質:単純硫黄泉・アルカリ性・冷鉱泉(匂いはほぼ無いやさしいタイプ)
- 泉温:18.3℃(源泉)
- pH:9.3(高アルカリの“つるすべ”)
- 炭酸イオン:28.2mg(20mg超=ツルスベ増幅の目安)
水風呂の実測体感は約25℃前後。冷たいのに刺さらず“居られる”。これが日本一級の所以。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 秩父温泉 満願の湯 |
| 住所 | 埼玉県秩父郡皆野町 下日野沢4000 |
| 開業 | 1997年 |
| 利用 | 日帰りのみ |
| 浴槽 | 内湯(やや熱め)・露天(ややぬるめ)・水風呂(源泉100%) |
| 泉質 | 単純硫黄泉(アルカリ性・冷鉱泉) |
| 泉温/pH | 18.3℃/pH 9.3 |
| 見どころ | 満願滝を望む絶景露天/温泉カキ氷・オロポ(館内「満彩」) |
| 入浴Tips | 水風呂スタート→交互浴/眺望は午後の光も美しい |
戸田市・戸田温泉(彩香の湯)

魅力:希少な含よう素泉が琥珀色の湯けむりで包む“都会の幻視”
一言で:寝湯(浮遊浴)に寝そべり、雨空と湯気が溶け合う瞬間がハイライト

新宿から電車でわずか三十分。都会のベッドタウンに、こんな幻想が隠れているとは。
彩香の湯は地下1500メートルから湧く含よう素泉。琥珀色の湯が湯船に満ちると、まるで映画のスクリーンのように空気が滲んでいく。

内湯には檜の炭酸泉。無数の泡が肌にまとわりつき、再生カプセルの中に漂う気分になる。そして露天には、淡い黄金色の生源泉湯。塩の味がする。都心からそれほど離れていないのに、なぜこの土地で海の気配を感じるのだろう。温泉の神秘がそこにある。

この湯のハイライトは寝湯にある。湯に横たわり、空を仰ぐ。雨の日ならなお良い。小雨が湯面に落ち、立ちのぼる湯けむりが曇天と溶け合って、世界は白い煙に包まれる。溝口健二の『雨月物語』を思わせる幽玄の一幕。
「温泉は山奥にあるもの」という常識を覆す、都会の奇跡だ。
泉質メモ
- 泉質:含よう素-ナトリウム-塩化物温泉(高張性・弱アルカリ性・温泉)
- 泉温:39.8℃(ちょうど良い湯加減)
- pH:7.7
含よう素泉=“体質改善の湯”とも。塩化物泉ゆえ湯上がりの保温持続も優秀。長湯しすぎには注意。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 天然戸田温泉 彩香の湯 |
| 住所 | 埼玉県戸田市氷川町1丁目1−23 |
| 利用 | 日帰りのみ(目安:10:00〜23:00滞在可・券売1,100円の実例あり) |
| 浴槽 | 内湯(石・天然炭酸の檜風呂)・露天(岩・生源泉湯・寝湯)・水風呂・サウナ |
| 泉質 | 含よう素-Na-塩化物温泉(高張性・弱アルカリ性) |
| 泉温/pH | 39.8℃/pH 7.7 |
| 推しどころ | 寝湯の浮遊浴/生源泉湯の濃さ/最初の水風呂で覚醒 |
| 入浴Tips | 雨の日がベストシーズン/まず水風呂→炭酸檜→生源泉→寝湯 |
横瀬町・武甲温泉

魅力:名峰・武甲山のふところ。檜×岩の露天に、外気の洗い場が最高のご褒美
一言で:アルカリの“つるすべ”と、キンキン水風呂のコントラストで整う

横瀬駅を降りると、湯煙のような霧をまとった武甲山が迎えてくれる。秩父の象徴ともいえるその山の麓に、武甲温泉はある。

木の香漂う檜風呂、岩肌の露天。どちらも素朴だが、泉質は桁違いだ。pH11を超える超アルカリ性。肌をなぞれば、すでにつるつるとした変化が起きている。無臭の湯は強さを隠しているが、その効きは確かだ。
そして忘れがたいのが洗い場。半屋外に設けられ、春の風を浴びながら汗を流す心地よさ。登山帰りの体には天国。水風呂は別格。30秒が限界の冷たさで、真冬でも一瞬で火照りを消してくれる。
ここは「治す」ための場所ではない。山に抱かれながら、「治そう」とする心を取り戻す場所なのだ。

横瀬川沿いにひらいた町の湯。日帰り中心ながら別館で宿泊も可能で、腰を落ち着けて“湯で日常を整える”のに向く。露天は檜と岩風呂。洗い場が半屋外という構成が絶妙で、蒸れずに汗を流せる快適さは登山帰りの身体に刺さる。水風呂は強烈で、真冬は“30秒勝負”。サウナ後の瞬間リセット力がとにかく強い。
泉質メモ
- 泉質:アルカリ性(表記は“硫黄泉”だが無臭タイプ)
- pH:11.1(超アルカリの“つるすべ特化”)
- 体感:露天の木肌と岩肌がアルカリのキレをマイルドに中和/水風呂は氷刃級
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 武甲温泉 |
| 所在地 | 埼玉県秩父郡横瀬町(横瀬川沿い) |
| 開業 | 1995年(町おこし事業として開業) |
| 利用 | 日帰り中心(別館にて宿泊可) |
| 料金の目安 | 日帰り入浴 800円(当時例) |
| 浴槽 | 露天(檜・岩)・内湯・水風呂・炭酸泉 |
| 泉質 | アルカリ性(表記上は硫黄泉・無臭) |
| pH | 11.1 |
| 推しどころ | 半屋外の洗い場/水風呂の切れ味/武甲山麓のロケーション |
| 入浴Tips | 外気の洗い場→露天→内湯→水風呂の温冷コントラスト/長湯は控えめに |
埼玉(秩父)温泉の季節ごとの楽しみ
🌸 春:花見露天の贅沢
春の埼玉は桜に彩られる季節。湯けむりの向こうに薄紅色の花びらが舞い、湯面にそっと浮かんで流れていく。露天に身を沈めれば、まるで自分が花筏の中にいるような心地よさ。風に乗って運ばれる花の香りと、湯のやわらかさが溶け合い、長い冬を越えた身体を優しく解きほぐしてくれる。
🌿 夏:山間の涼を求めて
真夏の太陽に照らされた街を離れ、秩父や長瀞の山あいへ。木漏れ日の中で入る露天風呂は、天然の緑陰がもたらす天然クーラーのよう。耳を澄ませば、川のせせらぎや蝉の声が重なり合い、湯に浸かる時間がいっそう豊かになる。汗ばむ季節だからこそ、温泉でさっぱりと身体を流す瞬間が、何よりのご褒美に感じられる。
🍁 秋:紅葉の錦に包まれて
秋の山々が色づくと、露天風呂はまるで舞台の特等席。赤や黄金に染まった木々が湯船を囲み、湯けむりの間から覗く景色は一枚の絵画のよう。澄みきった空気の冷たさと、湯のぬくもりが絶妙な対比をつくりだし、頬に触れる風さえ心地よく感じる。短い紅葉の時期にしか味わえない、特別なひとときがここにある。
❄️ 冬:雪見風呂の非日常
秩父の奥山に雪が降る頃、露天風呂は幻想の舞台へと変わる。湯けむりの中、しんしんと舞い落ちる雪を眺めながら肩まで湯に浸かる。静寂の中で聞こえるのは、雪が枝に積もる小さな音と、自らの吐息だけ。冷たい空気に頬を刺されながら、全身は芯から温められる。このコントラストこそ、冬の温泉がもたらす至福の体験だ。
埼玉の“効く順番”を、からだで覚える

同じ“美肌”“保温”でも、入る順番と器・環境で体感値が跳ね上がるのが温泉の面白さ。
梵の湯で、湯そのものに驚く。
満願の湯で、自然との一体感に酔う。
彩香の湯で、都会の片隅に潜む幻影を見つける。
武甲温泉で、山に抱かれて静かに自分を整える。
埼玉の湯は、ただの温浴ではない。
それぞれが違う形で、日常の膜を一枚剥がし、素肌も心も新しくしてくれる。
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