実家から車を走らせ1時間半。トンネルを抜けるとそこはトンネルだった。いくつもの山々を越え、眼前に大峰山、背中に大台ヶ原を望む山奥に大和最古の温泉がある。川上村、吉野川源流の森の中の秘湯。
奈良市がある北は「奈良」、我が故郷・桜井市や橿原市が中間にあり、その南の飛鳥村や吉野が「大和」になり、さらに南に進む川上村や天川村、十津川村が「奥大和」になる。同じ奈良県でも気候はまったく違う。訪れた令和6年10月15日(火)は、桜井市は最高気温28℃の夏日だが、川上村は小雨が降り肌寒かった。
入之波(しおのは)温泉は平安時代に開湯され、古来から薬湯として吉野人がつかり、江戸時代には湯治に訪れる人も多かった。山鳩湯(やまばとゆ)では宿泊もでき、遠方からの旅人を休めている。なにせ立地がすごい。
駐車場に来るまで国道169号線から姿は見えない。秘湯の条件を備えている。その理由は断崖絶壁に建つからである。山高い場所にあり、どんどん降りていく温泉は珍しい。
入之波は「塩の波」と書いたが、いつの間にか「入之波」になった。山鳩湯は昭和48年の創業。雄大な大迫ダムができたことにより、平安時代から続く大和最古の入之波温泉はすべて湖に沈んだ。かつての入之波温泉を惜しんだ創業者が谷を150mまでボーリングして源泉を掘り当て入之波温泉を復活させた。
入り口で入浴料900円を支払うと階下へおりていく。入り口が3階で2階が休憩所。
さらに下に降りて脱衣所となる。登山の下山のよう。その先に至高の湯が待っている。100円のコインロッカーがあるが、タオルはないので持参する。
最初は内湯。100%源泉かけ流し。加水なし。毎分500L自噴している日本一の湯量。少し温泉、ゆで卵のにおいである硫化水素臭がするが気にならない。
泉質はナトリウム一炭酸水素塩。ツルツルの重曹成分が含まれる茶褐色の濁り湯で「炭酸水素塩泉」に分類される。かつて「重曹泉」と呼ばれた。手で湯をすくうと無色透明で無臭。ペロッと飲泉すると鉄分を多く感じる。マグネシウムが豊富だからだ。同じ山奥の御嶽を望む木曽温泉と同じ。
日本一の湯量とともに、山鳩湯の名物が総杉丸太造りの浴槽。析出物が固まり、まるで陶器のように見える。
普通はこうはならない。日本一の湯量がつくる造形美。温泉好きはこれを「アート」と呼ぶ。そして茶褐色の湯も「黄金の湯」と讃えるマニアも多い。
山鳩湯の源泉の温度は39度。ケヤキの丸太で造った露天風呂は、そこから湯を引いてきているから少しぬるめ。やや寒い。夏は露天風呂のぬるま湯で涼をとり、内湯に戻ると、余計に温もりを感じる。お湯がぬるいので長湯ができ、重曹泉の効果で体がポカポカしてくる。これが温泉の不思議。之波温泉・山鳩湯は春、秋、冬の寒い季節は暖をとり、夏は涼をとれる。いつ来ても温泉の恵みを堪能できるオールシーズンの貴重な温泉である。
温泉から上がったら食事。入之波温泉・山鳩湯はかなりご飯にも力を入れている。次のオーナーが29歳と若く、ホームページも綺麗でインスタグラムも頻繁に更新。かなりの企業努力をしている。
鴨や鮎、鹿、猪など大和では定番のジビエから、珍しいのでは鴨トロ刺し、鹿刺し、スズメの焼き鳥がある。お酒も地酒の八咫烏(やたがらす)からワインまで充実。
平日限定の「鴨ラーメン」880円。うどん、そばの出汁をベースにニンニクを効かせている。
おすすめは「鴨うどん」880円。鴨の出汁が麺とマリアージュ。太麺のツルツルが温泉を思わせる。ほっこりして帰途につける温泉である。大峰山や大台ヶ原の登山、春の吉野山の花見の帰りなどに立ち寄ってもらいたい。