湯遊白書〜そこに温泉があるから

ここは天国かい?いや、温泉だよ。日本、アジア、世界の温泉を巡って紹介します。

秦野温泉〜塔ノ岳と万葉の湯、湯花楽

eyecatch「どんな山でもいい。とにかく山へ行け。山で過ごした時間は嘘をつかない」

2015年に劒岳を登ったあと、花谷泰広さんから頂いた言葉。あれから4年たった令和元年、無我夢中で山を追いかけた。

山納めとなる62座目が丹沢の塔ノ岳。1000m以上の峰が63座も連なる丹沢で『名山の民族史』の高橋千劔破さんは、「丹沢の主峰というべきは塔ノ岳であろう」と述べている。確かに3年前の2月にバカ尾根で蛭ヶ岳をピストンしたとき、登山者の多さや広々とした山頂に異様なオーラを感じた。

しかし、せっかくの山納め。ヤマレコやYAMAPにアップされている普通の登山をしてもつまらない。そこで閃いたのは同い年の田中陽希さん。交通機関を使わず、人力だけで全ルートを踏破するグレートトラバース。1日だけの猿真似だが大晦日の酔狂にはふさわしい。

12月30日(月)23時46分、小田急線の終電で坂井泉水さんが育った秦野駅へ。夏には弘法山の登山で訪れた。

はだの万葉倶楽部 - 宿泊予約は【じゃらんnet】
深夜1時。駅から近い『万葉の湯』で一服。登山前に温泉に浸かるのは初めてだ。柔らかいので湯あたりしやすいが、なかなか悪くない。特に泉質に特徴はないが、空間が素晴らしすぎる。テーマパークのよう。

湯処 - はだの・湯河原温泉【公式サイト】 | 万葉倶楽部グループ

宿泊が満室だったのも納得の2時間1980円。登山前の休憩に使うのがもったい。一日中ボーっとしていたい。

深夜3時、いよいよ登山開始。ヤビツ峠までの暗夜行路をブラックダイヤモンドのヘッドライトを頼りに歩く。ここから登山口までが果てしなく遠い。俺はなぜこんな事をしているんだ?今さら我に問う。満天の星空を見上げるとSMAPの『夜空ノムコウ』が流れてきた。すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ。

このワインディングロードは頭文字Dで登場したこともあり、走り屋の聖地らしい。何台もの改造車が爆音をなびかせて通り過ぎる。そのうち1台から若い兄ちゃんが顔を出し「頑張ってね」と励まされた。

5時30分にヤビツ峠(761m)に到着。ここまで14キロ。それにしても暑い。手袋いらずで半袖でも汗が吹き出る。埼玉に住む先輩から「いま丹沢に登ってるの?」とLINEが入るYAMAPのみまもり機能で知ったようだ。思いがけない連絡に力がみなぎる。

6時15分、菩提峠から日本武尊の足跡へ。ペツルのTIKAにヘッドライトをチェンジしていよいよ本格的な登山開始。

夜明け前の薄暗さのおかげが、古代の匂いが漂い、スッキリした土道が気持ちいい。本当にヤマトタケルが歩いたように錯覚させてくれる。

この立札の図々しさも好ましい。日本に数あるヤマトタケルゆかりの地で、ここが一番好きかもしれない。

二ノ塔に入ったところで令和元年最後の御来光。大山との2ショットが映える。

7時20分、三ノ塔の休憩所へ。汗が吹き出て低体温症の一歩手前。全身から湯気が出ている。この休憩所がなければ少しヤバかったかもしれない。

ここからが表尾根の本番。富士山の遥拝はもちろん、東西40キロ、南北20キロの山塊である丹沢が一望できる。

愛くるしい冬装備のお地蔵さんもクライマーを見守り続けている。

日向修験の行場だった表尾根。鎖場の萌えポイントが多い。前日の雨で滑りやすくなっていた。

丹沢ブルーに伸びる表尾根の稜線は日本で十指に入る名ルート。疲れは奥底に引っ込み、高揚感だけが湧き上がる。鳥尾山、行者ヶ岳、政次郎ノ頭、新大日、木ノ又大日を越えると塔ノ岳へのビクトリーロード。早く着きたいのに終わってほしくない。そんな稜線だった。

9時13分、スタートから6時間13分で1491mの塔ノ岳山頂。強風だが気温は15℃。大晦日ではありえない異常気象。来年は登山5年目に入るが、空前絶後の体験が待っているだろう。

富士山のど迫力。あと3年以内に冬富士にチャレンジしたい。その前に万葉の湯で買った丹沢サイダーで乾杯。

かつて塔ノ岳は5月15日は村人が雨乞いに登り、博打大会が開かれ「尊仏山」「孫仏山」とも呼ばれた。令和の今も多くのクライマーを魅了し続けている。

深田久弥さんも泊まった尊仏山荘を背中に大倉尾根を風林下山。途中で先輩とすれ違う奇遇も最高のサプライズ。66歳を過ぎて6000回以上、歩荷をしている畠山さんにもお会いできた。1日早いお年玉だ。

観音茶屋え季節外れのカキ氷と牛乳プリンを注文。バカ尾根に来るのは最後になるかもしれないから良い思い出ができた。

渋沢駅近くの湯花楽の電気湯のお世話になり、無事に令和元年の登山を終えた。

湯花楽が素晴らしいのは、「天然温泉」ではなく「人工温泉」を誇っていること。箱根の湯の再現や、高濃度炭酸泉など、温泉というより入浴の楽しさを教えてくれる。

正直32.4キロは余裕だったが毎日、しかも日本縦断をしながらはクレイジージャーニー。体験してみて田中陽希さんの偉大さが骨身に沁みた。

登山人生でかけがないのない経験ができた令和元年。丹沢ブルーはどこまでも青かった。